東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)107号 判決 1986年7月15日
原告
若林武文
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
1 特許庁が昭和57年審判第22406号事件について昭和60年6月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和50年2月7日、名称を「組立天井セツト」とする考案(以下、「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和50年実用新案登録願第17953号)をしたが、昭和57年9月6日拒絶査定を受けたので、同年11月2日審判を請求し、昭和57年審判第22406号事件として審理された結果、昭和60年6月12日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月25日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
(イ) 枠内には格縁を格子状に組合せ上部に天井板を止着し、枠外周には天井パネルを上乗せする鍔部を設けた、中央辺に設置する天井桝(1)、
(ロ) 適宜大きさに区分し、区分した個所に接合部を設けた、枠外周鍔部から四辺側に止着する天井パネル(2)
以上の部材よりなる組立天井セツト。(別紙図面(1)参照)
3 審決の理由の要旨
1 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対し、昭和48年特許願第116120号特許出願(昭和50年特許出願公開第65018号公開特許公報参照)の出願当初の明細書および図面(以下、「引用例」という。)には、枠型の上面部に内側天井板を張設し、枠型の外周には外側天井板を載置張設するための段部を形成した内側天井ユニツトと、所定の大きさに形成され、周縁に接合手段を有し内側天井ユニツトの外周段部と天井周縁に載置張設される外側天井板とよりなる天井構成材が記載されているものと認める(別紙図面(2)参照)。
3 そこで本願考案と引用例記載のものとを対比してみると、本願考案における「天井板」「鍔部」「天井桝」「天井パネル」は、それぞれ引用例記載のものの「内側天井板」「段部」「内側天井ユニツト」「外側天井板」に相当するから、両者は、枠内の上部に天井板を止着し、枠外周に天井パネルを上乗せする鍔部を設けた中央部に設置する天井桝と、適宜大きさに区分し、区分した個所に接合部を設けた枠外周鍔部から天井四辺側にかけて止着される天井パネルとからなる天井構成材の点で一致し、天井桝の枠内に、本願考案では、格縁を格子状に組合せて配置したのに対し、引用例記載のものでは、そのような格縁を具備していない点で相違するものと認められる。
前記相違点について検討すると、周辺部分より中央部分を高く構成した天井において、中央部分に格縁を格子状に組合せて配置することは、折上格天井として従来慣用されている手段であり、前記相違点は単なる慣用技術の付加に相当するものと認められる。
4 したがつて、本願考案は、前記引用例記載のものと同一考案に帰するものと認められ、そして本願考案の考案者が引用例記載のものの発明者と同一であるとも、また、本願の出願の時に本願の出願人が引用例にかかる出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願考案は、実用新案法第3条の2の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
引用例に審決認定のとおりの記載があること、本願考案と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、周辺部分より中央部分を高く構成した天井において、中央部分に格縁を格子状に組合せて配置することは、従来慣用されている手段であることは認めるが、本願考案と引用例記載のものとの相違点は単なる慣用技術の付加に相当するものであつて、本願考案と引用例記載のものとは同一であるとした審決の認定、判断は、以下述べるとおり誤りであり、審決は違法として取り消されるべきである。
従来の格天井の施工は、天井四辺側の廻り縁に格縁を格子状に組合せて差渡し、この格縁上に天井板を貼着して行なうものであつたが、同じ大きさの部屋であつても現実には四辺及び対角線の長さが異なり、また、建物、地域によつても部屋の各寸法を異にするので、予め格天井の部材を組立てておいてこれを利用するということはできず、現場で採寸し、複雑な部材を組合せることが必要であるため、高度の技術を必要とし、手間もかかつて高価なものとなり、一般の人達には望みえないものであつた。
本願考案は、右欠点を解決すべく、格天井の施工の簡略化等を目的とするものであつて、複雑な部材の組合せを必要とする格天井部分を、部屋の寸法の差異に応じて切除する必要がないように狭めた大きさのものとして天井桝に設けておくと共に、部屋の寸法に合わせて容易に不要分を切除することができる天井パネルを廻り縁間に平行に差渡し、格天井部分を止着した天井桝と天井パネルを組合せて前記考案の要旨のような構成にしたものである。右のような構成にしたことにより、本願考案に係る組立天井セツトは、工場において、安定した品質で、安価のものを量産することが可能であり、現場での施工も部材を組合せるだけですむから、一般の大工でも容易に組立てることができる。また、格天井部分の周辺に平行に差渡された縦長の天井パネルが格天井を一層ひき立たせており、全体の調和も保たれた天井を提供することができるものである。
これに対し、引用例に記載されているものは、天井部中央に枠を吊設し、枠内を上段に、枠外を下段に上下2段の野縁を組み、この野縁下面に天井板を貼着していた従来の段違い天井施工における2段の野縁組み及び天井板貼着を排し、枠上部に差渡す天井パネルと、枠と廻り縁間に差渡す天井パネルとしたもので、組立てられた天井は従来からある段違い天井であることに変りはなく、引用例記載のものは、段違い天井の施工の簡略化を目的とするものである。
以上のとおり、本願考案と引用例記載のものとは、その目的及び作用効果を異にし、また、天井構成材としての種類も異なるから、本願考案は、引用例記載のものに審決のいう慣用手段を単に付加したものではないにもかかわらず、審決は、これらの点を看過、誤認し、本願考案と引用例記載のものとの相違点は単なる慣用技術の付加に相当するものであつて、両者は同一であると誤つて認定、判断したものである。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
引用例には審決認定のとおりの記載があり、本願考案と引用例記載のものとの一致点及び相違点は審決認定のとおりである。
ところで、周辺部分より中央部分を高く構成した天井(段付の天井)において、中央部分に格縁を組合せて配置することは従来から慣用されているものであるが、右のような慣用手段を引用例記載のものに付加したものに相当する本願考案の奏する作用効果と、引用例記載のものの作用効果とを対比すると、本願考案においては、従来慣用されている格天井固有の作用効果が付加されているにすぎず、何ら目新しいものではない。
したがつて、本願考案と引用例記載のものとの相違点である、本願考案において、天井桝の枠内に格縁を格子状に組合せて配置したという点は、何ら新たな技術的思想を創作したものとはいえないのであつて、審決において、右相違点を単なる慣用技術の付加と判断した点に誤りはない。
原告は、本願考案と引用例記載のものの目的が異なるとして、それぞれの創作の出発点の相違を主張するもののようであるが、実用新案登録出願においては、創作の出発点の如何にかかわらず、その創作の結論ともいうべき具体的な技術的思想として把握できるものについて実用新案登録することができるか否かが判断されるべきであるから、原告の右主張は審決の認定、判断の誤りを根拠づけるものとはいえない。そして、本願考案と引用例記載のものとは、いずれも天井面の仕上材に板材を使用した段付の板天井の構成材の点で一致するものであり、ただ本願考案では、格縁を設けることによつて段付の板天井のうちの一種である段付の格天井構成材としたにすぎず、両者は殊更天井構成材の種類を異にするとはいえないのであつて、右種類の異なることを前提とする原告の主張は理由がないものというべきである。
更に、原告は、本願考案と引用例記載のものとは作用効果を異にし、審決はこの点を看過した旨主張するが、本願考案と引用例記載のものとの一致点に伴う作用効果が同様のものであることは当然であり、また、前記相違点は慣用手段が付加されているか否かの相違であるところ、前記のとおり、本願考案は従来慣用されている格天井固有の作用効果が付加されているのみで何ら目新しいものはないものと認められるところから、審決は、右相違点は単なる慣用手段の付加と判断しているのであるから、本願考案の構成に対応する作用効果を把握したうえで判断していることは明らかであつて、原告の右主張も理由がない。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
1 引用例に審決認定のとおりの記載があること、本願考案と引用例記載のものとは、枠内の上部に天井板を止着し、枠外周に天井パネルを上乗せする鍔部を設けた中央部に設置する天井桝と、適宜大きさに区分し、区分した個所に接合部を設けた枠外周鍔部から天井四辺側にかけて止着される天井パネルとからなる天井構成材の点で一致し、天井桝の枠内に、本願考案では、格縁を格子状に組合せて配置したのに対し、引用例記載のものでは、そのような格縁を具備していない点で相違すること、周辺部分より中央部分を高く構成した天井において、中央部分に格縁を格子状に組合せて配置することは、従来慣用されている手段であることは、当事者間に争いがない。
右のとおり、本願考案と引用例記載のものとは、いずれも天井面の仕上材に板材を使用した段付の板天井の構成材という点では一致し、本願考案は、その構成において、引用例記載のものに前記慣用手段を組合せたものであるところ、成立に争いのない甲第4号証(昭和57年11月2日付手続補正書)によれば、補正された本願明細書中の考案の詳細な説明には「現場での加工作業は不要であり、部屋の大きさに応じた標準寸法を基に前以つて作りおけるから、工場での量産が可能・安価に提供出来・品質の安定化にもつながる。施工は、部材だけの組合せであるから、一般の大工でも容易に組立てが出来、仕上つた天井は、周辺に天井パネルを配した豪華な格天井となり、格天井を一層引き立たせる効果を生じ、新しい感覚の天井となつて需要者の興趣を増大でき、商品価値の向上にも役立つ等の利点がある。」(第3頁第2行ないし第12行)との記載があり、また、成立に争いのない甲第5号証(昭和50年特許出願公開第65018号公開特許公報)によれば、引用例を含む右公報の明細書の項の特許請求の範囲に記載されている発明に関する発明の詳細な説明には「本発明の天井施工法は、上記のように、内側天井ユニツトを能率の良い床作業によつて形成でき、且つ熟練と手数を要する野縁を用いずして施工できて豪華な段違い天井を迅速、容易にしかも材料節減の下に施工できる。」(前記公報第77頁左上欄第5行ないし第9行)との記載があることが認められ、右認定の各記載内容に照らすと、引用例記載のものは、天井面の仕上材に板材を使用した段付の板天井の構成材という点で本願考案と一致する構成に基づき、内側天井ユニツト(天井桝)を能率の良い床作業により野縁を用いないで施工でき、豪華な段違い天井を迅速、容易にしかも材料を節減して施工できるという作用効果を奏するものであるが、本願考案の前記明細書記載の作用効果は、引用例記載のものの作用効果と前記慣用手段のもたらす意匠的な効果との単なる総和にすぎないものと認められる。
したがつて、本願考案において、引用例記載のものとの相違点である、天井桝の枠内に格縁を格子状に組合せて配置したことによつてもたらされる作用効果は、前記慣用手段たる格天井自体が奏するものにすぎないから、右相違点をもつて新たな技術的創作であるということはできず、本願考案は、引用例記載のものに単なる慣用手段を付加したものであつて、本願考案は、引用例記載のものと実質的に同一の考案であると認めるのが相当である。
2 原告は、本願考案と引用例記載のものとは、その目的及び作用効果を異にし、天井構成材としての種類をも異にするから、本願考案は、引用例記載のものに単なる慣用手段を付加したものではなく、本願考案と引用例記載のものとは同一ではない旨主張するが、以下説示するとおり、右主張は理由がないものというべきである。
前掲甲第4号証によれば、前記本願明細書の考案の詳細な説明には、「従来より格縁を組合せて作る天井は、現場部屋寸法を採寸して行ふ施工方法で、高度な技術を必要とし、手間がかかり、高価なものとなつて、一般の人達には望み得ないものであつた。本案はその欠点を除く為のもので、(中略)部屋の大きさに応じた標準寸法を基に前以つて用意しておき、一般の大工でも容易に組立施工し得る・施工の省力・品質の安定化を計る事を目的とする組立天井セツトを提供するにある。」(第1頁第17行ないし第2頁第7行)と記載されていることが認められ、前掲甲第5号証によれば、引用例を含む前記公報の明細書の項の特許請求の範囲に記載されている発明は「幕板を境として内側と外側の天井面を2段とした豪華な段違い天井を形成する天井施工法に関するものである。従来、この種天井は、天井裏の梁に下地材の野縁を吊下げて、天井施工面の中央部と周縁部に上下2段に野縁を組立て、この野縁に枠形状に幕板を固着し、野縁下面に天井板を釘着して天井を施工しているが、この野縁の形成が複雑で且つ高所作業のため熟練と手間を要し、施工を困難且つ非能率化していた。そこで本発明は、豪華な段違い天井を容易且つ迅速に施工して上記のような欠点を除去することを目的とするものである。」(前記公報の第75頁左下欄第17行ないし右下欄第11行)と記載されていることが認められる。
右認定事実によれば、本願考案は格天井の施工の簡略化等を、引用例記載のものは段違い天井の施工の容易・迅速化をそれぞれの目的とするものであることが認められるが、本願考案と引用例記載のものとにおいて、施工の簡略化等の対象とする天井構成材の種類が異なるといつても、本願考案と引用例記載のものとは、前記のとおり、天井面の仕上材に板材を使用した段付の板天井の構成材という点では一致し、本願考案は引用例記載のものに単に前記慣用手段を付加したにすぎないものであるから、該慣用手段によつてもたらされる作用効果に向けられた目的に特段の意義があるもののようにいつて、引用例記載のものの目的との相違を強調することに帰する原告の主張は失当とするほかない。
以上のとおりであつて、本願考案は、引用例記載のものと同一考案に帰するものとした審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の審決取消事由は理由がないものというべきである。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)
<以下省略>